vol.205 祈れない症候群
餅巾着さんからのお便りの続き
・祈りに比重を持っていくこと
・状況を受け入れる大切さ
はい餅巾着さんの3の質問ですね。世界平和の祈りを祈れないについて。
『③)世界平和の祈りを祈れない について
世界平和の祈りについてです。真風様は、良く「世界平和の祈りを祈れない」という言葉を仰るときがあります。この「祈れない」について、口に出したり考えたりすることはできるが、お祈りになっていないという意味でしょうか。それとも、口に出したり考えたりすること自体を身体が拒否するということでしょうか。』
これは知らんよ。これはもうその人に聞いてほしいね、その祈れない人に。
口に出しても出さなくてもどっちでもいいんですよ。いいんだけども、そのなんていうの、 たかがお祈りとか、あるいはその世界人類が平和でありますようにって言うのはちょっと恥ずかしいとか、あるいは簡単すぎて、あるいは幼すぎてバカバカしいとか、そういう風に思えてしまう人のことを祈れないと言ってるわけですよ。
そういう人、結構いますよ、多いです。で、そういう人は、もう最初からそういう感情というか思いを持ってる人もいれば、これまで生きてきた上で、そういうことを、そういう素直な感情を持っていて、馬鹿にされて、ちょっと心がひねくれちゃって出来ないという人もいるわけですよね。
いずれにしても言わなきゃ先に進めないわけですから、その辺はご自分でよく自分の内側を見て考えましょうということですね。
『私も、嫌なことが続くと「死にたい」「消えてしまえ」という気持ちになり、すぐさま柔らかいお祈りと世界平和の祈りをとりあえず形だけでも行って心を落ち着けます。しかし、嫌な気持ちが身体を強く支配しているときは、世界平和の祈りが身体を素通りしてしまう感覚があり、染みていかないような感じがします。これが「祈れない」ということでしょうか。』
そうです。全くその通りで、体が拒否しちゃうんですね。そんなの、祈ったって何になるかとか。あまりにも怒りとか恐怖が強いと、 そっちの思いのが強く勝っちゃうんですね。だから、その恐怖とか怒りに負けないように、自分の思いを、祈りに比重を持ってくるんですよ。それはね、記憶とか恐怖とかの責任じゃなくて、自分でできることだから。自分がそっちに持ってくんだと、自分がそっちに比重を置くんだと、祈りにね。
そういうことは自分で出来るわけでしょ。それはもう自分の責任なんですよ。だから、恐怖が強いからとか、怒りが強いからしょうがないんだとかいうのはおかしな話で。
やっぱ自分の責任でもって、それはその結果、あるいはその状況、祈りを受け入れられるか受け入れられないかという状況は自分で受け入れるべきことですね。
その結果、後で顧みて、あの時は祈りを受け入れられなかった、自分はまだ未熟だなという風に考えていただければ、次からは良くなると思いますよ。
はい。次、4番目ですね。
『(④)宇宙全史の読み方と、お祈りを声に出すということについて
宇宙全史の読み方について、前回の動画では、自分のエゴを感じながら読むという質問をさせていただきました。宇宙全史はとても分厚いため、私は、目次を読んで気になったところや、面白そうなところ、自分が探している答えが載っていそうなところをまずは読む方法をとっていました。』
はははは。いいけどね、それで。
もうすぐほら、音声版が出るじゃないですかと。優しく詳しく、わかりやすくこう説明しますから。こういう風にね、今こう喋ってるみたいに。そしたらね、順番に1個1個聞いてください。そしたらマスターできると思いますよ。
『その中で、ミイラの原型となったエホバの話や、恐竜人間の話、人種差別の話など、ショッキングな部分に気を引かれることが多いです。一方、恐竜の歴史などのくだりはあまり興味を引かれません。重要情報である最大の蛇恐竜についても、現時点では興味がそそられないのです。
これは、私の中のエゴが情報を選別しているのでしょうか?』
もう全くその通りですね。
『宇宙全史の書籍が雑学的な要素が多くあるのは、多くの読み手を想定してそれぞれのエゴを刺激することを狙っている気がしてなりません。』
これは失礼だね。雑学なんか一切ないよ。
それを雑学と思ってしまうほど、そのやっぱ教養がないんだね。
教養がないという言い方は失礼かもしれんけども。勉強が足りんね。うーん。恐竜の勉強とかしたことあんのかな。地球の歴史とか多分やってないんだろうね。興味がないんでしょうね。うん。
それはね。宇宙全史の話は雑学なんか1個もないですよ。そんな無駄な話は一切してませんから。
えー?そういうふうに思ったのか。それでは勉強できないね。
まだあるね。じゃあこれはこの次。明日またやりましょう。